NHK「SONGS」第260回
 
2013.05.18

剛さん/ナレーション他《テロップ》と[補足]

 

[鹿に鹿せんべいをあげながら] いいやん、みんなで食べたら。

 

堂本剛さん。KinKi Kidsとして活動を始めて、今年で20年。

[ライブ映像 ♩Chance Comes Knocking.]

シンガーソングライターとしても活動し、歌だけでなく、作詩・作曲・楽器の演奏・アレンジにも才能を発揮しています。

 

こんばんは。堂本剛です。ぼくの音楽を語る上で欠かせないのは、ふるさと奈良。SONGS。今夜は、思い出の場所を訪ねながら、ぼくがこれまで音楽とどう向き合ってきたかを、お話したいと思います。

 

《世界遺産 平城宮跡 奈良市》

世界遺産・平城宮跡。14歳まで奈良で過ごした堂本剛さんの、お気に入りの場所です。

 

昔思ってたよりは、「ああ、帰ってきた」っていう感じとかは、東京にも感じれるようにはなりましたけど、でもやっぱりこの大地を踏んでしまうと、全然こっちのほうが落ち着くし、こっちに住みたいなぁと思っちゃいますね。

 

上京して20年。ふるさと奈良が、今でも、心の支えとなっています。

 

《♪街(2002年)》

[♩街 PV映像]

剛さんは、2002年にシンガーソングライターとしての活動をスタート。デビュー曲『街』は奈良への思いを綴った曲です。

 

《薬師寺LIVE 2009(奈良市)》

[薬師寺ライブ映像 ♩Love is the key]

2009年には、世界遺産・薬師寺でライブを行い、ふるさと奈良の広い空の下で歌うという夢を叶えました。

 

《人生を変えた歌との出会い》

[剛さん小6のときの写真]

《ASKA「はじまりはいつも雨」(1991年)》

[ASKAさんPV映像]

 

剛さんの音楽との出会いは、小学校6年生のとき。テレビから聞こえてきたASKAさんの『はじまりはいつも雨』でした。

 

どうしても気になっちゃって、お母さんにお小遣いほしいって言って、500円玉もらって、どこに行ったらCDで買えんのやろうて思ったら、近所の本屋さんで買えるはずやと思って。それで自転車こいで行ったっていう。

 

人生で初めて買ったCDを毎日聞き、この歌を部屋で何度も歌っていました。

 

親は最初やっぱりすごく不思議がってましたけど。「あんた歌好きなん?」みたいな感じで。「この歌がすごい好きや」「あ、そうなん?じゃ、今度カラオケ行こうや、家族で」みたいなことになって。「ちょっとその歌お母さんにもちゃんと聞かせて」っていうことで。自分の歌を聞いてもらいたいと思った初めての瞬間でしたね。

 

[剛さんとASKAさんの写真]

ソロデビュー後、剛さんは憧れのASKAさんと出会い、音楽について語り合ってきました。シンガーソングライター・堂本剛にとって、ASKAさんはかけがいのない存在です。

 

やっぱり自分が今音楽を作っていく上で、非常に重要なアーティストですし、重要な曲なので、もし、出会っていなければ、下手したら歌詩も書いてなかったり、音楽をやるなんていう感覚も、もしかしたらなかったかもしれないんですよね。

 

ふるさと奈良でこの歌に出会って22年。ぼくの音楽人生の始まりの歌です。ASKAさんへの感謝と尊敬を込めて。

 

《はじまりはいつも雨 詞・曲:ASKA》

《Dr:江口信夫 Gt:名越由貴夫 Key:SWING-O Ba:鈴木渉 Cho:結城安浩 Mani:宮崎秀一》

 

《1979年 奈良生まれ》

[剛さんの子供時代の写真]

堂本剛さんは、1979年奈良に生まれました。運動神経抜群の活発な子供でした。お姉さんが芸能事務所に履歴書を送ったことがきっかけで、12歳のとき、アイドルへの道がひらけます。

 

《奈良の中学生からアイドルへ》

そして14歳の秋、ふるさと奈良を離れ、単身上京しました。

 

《奈良市立 平城中学校》

[中学校構内を歩きながら]変わってないような感じですけど。

上京から20年。久しぶりに母校を訪ねました。

俺(の靴箱)どこやったかなぁ。それすらも覚えてないわ。

 

[教室で]

あれ、ここやったんや。やっぱここかここをとりたかったですよね。席替えのときに。ぼーっとできるから。

中学生になり、芸能活動が次第に忙しくなっていった剛さん。学校は、本当の自分でいられる、大好きな場所でした。

急になんか“芸能人“とか“ジャニーズ”とか“アイドル”とかされちゃうと、(学校に)来たくなかったかもしれないけど、ここに来ている時ぐらいは普通の“堂本剛”っていう人間、そういう雰囲気でみんな接してくれたし、先生も接してくれたし。

 

《中学2年生担任・重永すみ子先生》

中学2年生のときの担任・重永すみ子先生。2学期半ばで剛さんが転校した日のことを、今も鮮明に覚えています。

 

先生:剛くんさぁ、これ覚えてる?

[写真を見ながら]これ最後?ぼくの?これぼく最後の日の?

先生:そうそう。

 

《転校の日に 1993年10月7日》[写真]

剛さんは、転校することを最後の日までクラスメイトにはずっと黙っていました。大切な友だちやお世話になった先生が悲しむ顔を見ると、決心が揺らぎそうでこわかったのです。

 

覚悟が決められへんかったから、とりあえずもうここで、ギリギリに(お別れを)言って、みんなには本当申し訳ないけど。そうでもせんと振り切られへんほどの大切なもんやったから。

 

先生:そうやね。最後にさ、手紙の束を私に渡して、「先生これ渡しといて」って言うて。ほんならね、お世話になった教科の先生はもちろんのこと、校長先生、教頭先生、それから購買のおばさん、それから1年生のときに友だちやった子たちとか、ちゃんとね、そういう風なのを(手紙を)残して行った子やなっていうので、先生感心しました。だってそんな子だれもおらんかったもん。

 

感謝の意は表さなあかんなっていうのは、自然と親から学んだのか、学校とか先生から学んだのか。自分がそういう気持ちになったっていうか、そういう気持ちにさせてくれる人がいるってことは、すごくしあわせなことやから。その感情に従っていつも生きてるけど。

 

東京に一人旅立つ剛さんを、全校生徒が、校舎の窓に鈴なりになって見送りました。

 

もうみんな(窓から)顔出して、先輩とか後輩も「堂本がんばれよ」とか「先輩がんばってくださいね」とか、みんなずーっと叫んでくれてたから、ずっと背中で感じながら。でも振り返るとやっぱ泣いてるのばれちゃうし、と思って、振り返ることはできなかったですけど。そのままほんとに泣きじゃくりながら家に帰りました。それをお母さんにバレたらまたお母さんが心配するやろからと思って、一応涙をふいて、みたいな。ドラマみたいなことってあんねんな、みたいな感じで。で、そのまま東京行って。東京へ行く間も泣いてましたね。

 

《金田一少年の事件簿》[ドラマの映像]

上京から2年後、剛さんは、大ヒットドラマに主演。国民的アイドルへ成長しました。

 

《アイドルの自分 本当の自分》

しかし、アイドル堂本剛と本当の自分との間に、ギャップを感じていました。

 

テレビに出てても雑誌に出てても、(発言を)全部は使わないじゃないですか。都合のいいように自分を作られていく。本当の自分は(メディアに)出ていかない。やっぱり、勝手に付いていくイメージとか、そういうものに、本当の自分がどんどんどんどん追いつかなくなってっちゃって。遠くへ行っちゃうみたいな。

 

どうすれば本当の自分の思いを伝えられるのか、悩む剛さんに、ソロデビューする話が持ち上がりました。自分の思いを言葉と音楽で表現する。アイドルからシンガーソングライターへ、思ってもみなかったチャンスが訪れたのです。

 

社長が「音楽をやらないか」っていう話をしてくれて。本当の自分っていうものを、歌で言えるんじゃないかっていう。そこで自分のバランスがとれるかもしれない、と。

 

本当の自分を歌詞に綴ろうとしたとき、剛さんが思い出したのは、ふるさと奈良で家族や友人と過ごした日々でした。そしてできあがったのがソロデビュー曲『街』でした。

 

やっぱり奈良に、本当の自分を置いてきてしまった感じがすごくあったんです。奈良に残してきた本当の自分が、東京にやむを得ず出ていかなきゃいけない自分を見送っているようでもあり、っていう。東京の自分が奈良の自分に対して、奈良の自分が東京の自分に対して、っていう、歌いあってる・訴えあっている・メッセージを交換しあってる、っていうような、そんなイメージで。

 

泣きながら校舎をあとにした日から9年。ぼくはアイドルとして、がむしゃらに走り続けていました。そんなぼくが、音楽で、本当の自分を表現したいと思い、作った曲です。『街』。

 

《街 詞・曲:堂本剛》

《Dr:江口信夫 Gt:名越由貴夫 Key:SWING-O Ba:鈴木渉 Cho:結城安浩 Str:吉田宇宙ストリングス Mani:宮崎秀一》

 

《天河大辨財天社》

《母の涙から生まれた命の歌》

[天川村・天河神社の風景] 

奈良県南部、修験道の聖なる山々が連なる天川村。1300年の歴史を持つ天河神社。音楽の神様としても知られる弁財天が祀られています。8年前、音楽仲間と一緒にここを訪れた剛さんは、神秘的な魅力に惹かれ、何度も足を運んできました。

 

[参拝する剛さん]

なんとなくここに帰ってくると、原点っていうか、数字でいうゼロの感覚があって、リセットするような感覚もあるし、何かが始まるような感覚もあるっていうか。

 

そして4年前、剛さんはふるさとの素敵な場所を母親にも知ってもらいたいと思い、一緒にここを訪れました。参拝中、お母さんは、ふと、涙を流しました。その涙に、剛さんは心を打たれました。

 

この人(母)も生きてきて、それで僕を産み、育ててくれて、今日があって。母も、これから人生をどんなふうに歩んでいくんだろうなとか、おじいちゃんとおばあちゃんを見送った時にどんな気持ちでいたのかなとか、そんなことをいろいろ涙を見ながら考えたんですよ。

 

そのとき、剛さんの心の中から、言葉とメロディが溢れ出てきました。そして出来上がった曲が、『縁を結いて』。

 

[縁を結いて PV映像]

《親から子 子から孫へと受け継がれる 命への感謝をつづった歌》

 

1300年の歴史を持つ奈良。天河神社で見たお母さんの涙。太古から続くいのちの営みに思いを馳せ、この曲が生まれました。これまで出会った全ての人とのご縁に、感謝の気持ちを込めて。

 

《縁を結いて 詞・曲:堂本剛》

《Dr:江口信夫 Gt:名越由貴夫 Key:SWING-O Ba:鈴木渉 Cho:結城安浩 Str:吉田宇宙ストリングス Mani:宮崎秀一》