堂本剛 SPECIAL
龍になった堂本剛
 
2006.5.3
制作著作:テレビ朝日

剛さん/《テロップ》と[補足]ナレーション他

 

[♩ The Rainbow Star]

2006年3月19日、横浜みなとみらい。この日、ENDLICHERI☆ENDLICHERIの2ヶ月間に渡るライブが幕を開けた。待ち受けるオーディエンス。

ENDLICHERI☆ENDLICHERIとは一体何者なのか。それは、堂本剛のソロワークネーム。それは、ブレーキをかけない、ありのままの、堂本剛。つまり、彼の脳みそ。ENDLICHERI☆ENDLICHERI。今、堂本剛が発信したいこと。

 

《龍になった堂本剛》

《東京 中目黒》

いいっすねー。中目ね。

東京に来て13年。27歳になった堂本剛は、よく、この街を訪れるという。ここには、彼の感性を刺激するものがたくさん詰まっている。

《堂本剛の脳を刺激する街》

 

自分が、ファッションでも、歌作ったりとか、充電したりとか、発散したりするとかする時に、ぼちぼち、ぷらぷら、来るところなんで。まぁあとは景色が気持ちいいかなと思って。普段、人とめっちゃしゃべらなあかんし、人からめっちゃ見られるし、疲れるんで、こういう日に当たりながら散歩してみたりとかするのが好きなんですよね。

《空が好き‥》

《堂本剛にとって写真とは…》

単純に自分がいま見るもん、感じてるもんとかを捉えていたかったり、表現したかったりするんで。

《お気に入りのショップへ》

おじゃましまーす。音楽がソウル・ファンク好きなんで、ファッションもそっちよりで固めたいというか。ソウル・ファンクアイテム、あとは魚アイテムですね。なかなかソウル・ファンクものってないじゃないですか。どうしてもそういうものを求めて歩いてると、ね。いいなーやっぱりなー。このね、(店内音楽で)スライかかってるでしょ。そうるすとね、買ってしまうんです。お〜ええやん!って。単純なんです、そういうとこ。

《ソウル・ファンクが好きなのはなぜ?》

自分が音楽が作る作り方っていうのが、喜びとかぬくもりとかよりかは、痛み・悲しみっていうものを音に変える。逆の力を発生させるってことをやるんだと思うんです。だから、ソウル・ファンクが単純に好きで、服も、そんな、ファンクな、ちょっとこう。

(別のお店の前で)オッケーであれば入ってみますか?入って良いのかな?(お店の方に)すみません撮影してるんですが、入ってもいいですか?もしよろしければなんですけど、店内とかぷらぷらしていいですか?(スタッフに)交渉成立しましたんでお入り下さい。こんなんだからもう目で見てガンガン選んでいったほうがいいですよ、服は。レイカーズ良いな。かわいい。

《ENDLICHERI☆ENDLICHERIがスタイリングすると…》

お〜来たな〜なんか来たな〜!1900円。こういうのさり気なくてカッコイイですよね。ベルトとかかあしつつ、ですけどね。かわいいな、これ。早い者勝ちで。

《これがエンドリ流コーディネート》

[ライブ映像 ♩Blue Berry]

《堂本剛が好きな街・中目黒》

この辺の、空が広いでしょ。中目とかこういうところ来るとね。やっぱすごいいいな〜とおもうんですよね。

《いつも中目黒で歩きまわるの?》

うん、やっぱり歩きますよ、すごい。で、カフェ入って、またパソコン開いて、詩書いて。で思い浮かばへんかったら保存だけして、また散歩して。そんなして、曲はできてきてますね。

[ライブ映像 ♩雄  ♩美しく在る為に]

《休日の過ごし方》

地方行こうがどこ行こうが、やっぱり飛行機とか新幹線から下りて、すぐ車乗って、カーテン閉めて、会場入って‥なんで、なかなかこう陽に当たられへんし、景色見れないですよね。だから、こういう休みとかを利用しながら、こういうところを歩いて、ちょっと休ませるというか、充電さしてあげてね。

《ENDLICHERI☆ENDLICHERIをなぜ始めたの?》

なんかやっぱり、どうしても、「堂本剛」っていうブランドネームだけやと、自分がこうふりしぼる芸術っていうのが、どうしても限られてくる。ブレーキもかけなあかんし、遠慮せなあかんし、っていうことで、すごい限られてくる。それが嫌だったんですよね。生きててやっぱり。

元はと言えばその、アイドルと言われる場所だったり、っていうところから僕は発信してる人間なんで、皆さんはそこをどうしてもとって比べようとする、このE☆E。でも、そうではなくて、E☆Eが、例えば、新人の人であれば、比べたりすることなく、とにかくE☆Eというものだけを理解しようとする思考になるじゃないですか。でも僕はただやっぱりその、過去から、10代からやってることがあるっていうこともあって、どうしても「ENDLICHERI☆ENDLICHERIです」っていう別の部屋を作ったとしても、そこだけを見るっていうことをしてくれるまでには相当時間がかかるとは思ってますけど。

(お店を指して)ここ一瞬覗いていいですかね?(お店の方に)すみません、覗かしてもらっていいですか?(スタッフに)交渉が成立しました。

《魚の鑑賞の仕方》

上ですね、魚は。金魚は元々上ですからね。ランチュウとかね。魚はやっぱり上から見るのがいいんですよ。こういうの見るとちょっとテンションが上がる。ここ、セネガルスセネガルスがいるんですよ。エンドリの仲間と言っていいですね。エンドリも「ポリプテルス」っていう言葉が付くんですよね。沢山の羽根を持つ魚っていう意味があって、日本語訳すると。

《ポリプテルス エンドリケリー エンドリケリー》

[エンドリケリー(魚)の映像]

《ENDLICHERI☆ENDLICHERIの由来》

だから、この魚と手を組むと、僕が、たくさんの羽根を手に入れて、僕の芸術が色んな人のところに羽ばたいていってくれるんじゃないか、っていう意味合いもあって。アフリカの魚ですし。ファッションとか音楽もアフリカがすごい好きやから、なんかこう繋がって、「あ、ENDLICHERI☆ENDLICHERIかな」みたいな、気分で。カメが相当嫌がってますけどね、僕のトークを(笑)

今回、堂本剛は、自ら、シンボルマークのデザインを手掛けた。

《シンボルマーク(Sankaku)の役割は?》

お仕事をさせてもらうときに、色々やっぱりお話いただくんですよね、ファッション業界の方とか、あとはミュージシャンの人とかもいただくんですけど、なかなか実現しないっていう、色々やっぱりあるじゃないですか、お仕事なのでね。

僕っていう人間が顔を出して、いい作品になるものと、出ないほうが説明が強すぎずいいっていう作品もあるじゃないですか。そういう時に、彼が出てくれるといいかなとか、色んな思いもあって、彼は作ってますけど。

昨日も友だちに電話して。「剛くんって今なんやっけ、なんかやってんやんな。なんやったっけ、あれ。エンコリ・エンコリ?」って言ってたね。あとね、「エンドルビッシュ・エンドルビッシュ」それちょっと気に入っちゃって。エンドルビッシュ、いいねーなんて言って。人がね、それくらいちょっと悩んだりとか、なんやったっけあれ、って気になってる感じがちょっと面白いなと思って。

《ジャニーズ・エンターテイメント》

《広告展開打ち合せ》

今回、堂本は、プロデューサーの役も担った。広告展開。これも、彼の仕事の一つだ。

表記をこれどうしたらいいかなー。どれがわかりやすいかなー。(スタッフに)普通に漢字で堂本剛としてもらっていいですか。なんやろ?ブランドかな何かな?って騒ぎでいいわけだもんな。

《ブランドコンセプトは『何か気になる存在』》

彼が打ち出したコンセプトは、何か気になる存在。期待を煽るだけ煽って、捕まえようとすると、するりと逃げていく。

《原宿》

街はいつのまにか、ENDLICHERI☆ENDLICHERI一色に。堂本剛の名前も顔も出さない。だから、ただ、気になる。

《渋谷PARCO》

《ENDLICHERI☆ENDLICHERIウォールペイント》

(ペイントを見ながら)あ〜これちょっとテンション上がるわ。中入りたいわー。中入って跨がりたいわ。頭おかしいってわけじゃなくて、ちょっと噛まれたい、みたいな。

《2006年2月1日1stシングル「ソメイヨシノ」リリース》

[♩ソメイヨシノ MV]

そしてリリースされたファーストシングル「ソメイヨシノ」この曲には、彼のある強い想いが込められていた。

《ソメイヨシノに込められた想い…》

この歌のテーマは、「あと、何度見られるんだろう」っていうのがテーマで。桜の。だから…生きてるうちにね、あと何回桜を見られるんだろう。母親がね、そんなこと言ったりするんですよ、これまた。言わんでもいいのに。いっぱい見たらええやんけ、って言うんだけど、でも剛とあと何回見れるのかな〜みたいな話とかをするんですよね。で、そんなエピソードもあったりして、なんかまぁ詩を書いてみようかな〜なんて思って、ちょっと書いてみたら、桜の花びらがばーっと散ってる情景っていうのが、僕には桜の叫び声に見えていて。

[ライブ映像 ♩ソメイヨシノ]

《2006年1月アルバム「Coward」ジャケット撮影》

堂本剛のソロワークネーム、ENDLICHERI☆ENDLICHERI。今回、そのアートワークパートナーとして参加したのは、日本を代表するクリエイティブディレクター・箭内道彦。

箭内道彦(風とロック)彼が言ってた話で、やっぱり最高だなと思ったのは、「見る人から、よくわかんないなコイツ、って思われたい」っていう。それが気分いい、と。色々活動していく中で、楽しい部分なんだって言ってて。そうじゃないと気がすまないし、そうじゃないと楽しくないっていう。自分がバランスがとれた時点で、それが不安になったりそれをツマラナイと思ったり、そういうのが体の感覚としてあるんじゃないかな、と思ったんです。

[ライブ映像 ♩Chance Come Knocking.]

《2006年1月 一口坂スタジオ》

1月、アルバム「Coward」のレコーディングが始まった。作詩作曲は、すべて堂本剛。アレンジにも参加し、曲の細部にまでこだわった。

なんかちょっと変拍子っぽくしたがってる感じだったと思うんですけど。へんなトラックをインターに入れたいなと思ってて。♩ら〜らら〜みたいな感じで。でも基本的にはダツダツていうベタにそれだけやってる、みたいな。

 

上田ケンジ(arrange & b)アンバランスなバランス感覚をきれいに持ってるから。何事に対しても。あのアンバランスさっていうのが、すごく素敵に映る。少しいびつなくらいがカッコイイっていう、あの感覚が素敵。

[ライブ映像 ♩Six Pack]

《連日深夜までレコーディングは続いた…》

[レコーディング風景]

堂本剛は、こだわりだしたら止まらない。連日、レコーディングは深夜まで続いた。ENDLICHERI☆ENDLICHERIにかける堂本剛の情熱。

浦嶋りんこ(chorus)もっとひ弱だと思ってたんですよ、実際。へなちょこ野郎、くらいのこと、あるんじゃないの?なんて思ってたんですけど。骨太だなぁと思って、最近特に。たぶんすごい短期間なんですけど、一作品ごとに、すごい骨太な男になっていってる気がするので、おや?っていう。本当に、男の人の成長度合いって侮れないものがあるんだな〜ってすごい思いますね。

《東京・中目黒》《雲が好き…》

エンドリケリー・エンドリケリー。エンドルビッシュ・エンドルビッシュ。あそこね、奈良館っていうのがあるんですよ。渋谷寮。

《奈良県渋谷寮 現・奈良県代官山iスタジオ》

あそこには奈良の細かいデータが掲載されています。いつかあそことコラボしましょう。(通行人に)どうも。なに中ですか?買い物中ですか?見学中?インテリア学生さんですか?おー!(前髪のメッシュが)かぶってるやんかー。かぶってるやん。たのむで。俺やめようかな。すごいなー。仕込みかっていうくらいかぶったなーいま。

すごい空広いですね〜こっから見たら。テンション上がるわ〜。(子供に)ばいばーい。だれ?あのおじちゃん。おじちゃんでしょう。完全におっさんでしょう。だって27ですよ、もう。でもよく言われるのは「え?もう?27?」ってよく言われますね、すごい。「あれ?まだ23ちゃうかったっけ?」って。「いやいや27ですよ。3は言いすぎでしょう」みたいなんありますよ。しばきます?コーヒー。グリーンカフェ。また本人交渉で。(お店と撮影の交渉をして)お外のオッケーをいただきましたので。

《楽曲を作ってみて…?》

《今回の楽曲について…》

どれもかれもこれも難しい曲を作ってしまったなぁ〜と後悔している時もありますけどね。変な転調があったりとか、キメとか、そういうのがあるから逆に複雑に聞こえるかもしれないですけどね。

《横浜みなとみらい特設会場 The Endli. Water Tank》

《本番直前リハーサル》

《The Rainbow Star 2006年3月19日〜5月21日 全46公演》

E☆Eのライブは、2ヶ月にも及ぶロングラン。そしてこのライブには、いま、堂本剛が感じる全ての感覚が詰まっているという。だから彼が言う。このライブは、「自分の脳みそ」なのだと。

十川知司(arrange & key)その日のグルーヴが出やすいようなアレンジっていうか、遊びをたくさん持たせておいて、きっちり決め込むのではなく、ここはその日の感じで、みたいな場所が、いっぱいあるように、みたいな。

下神竜哉(tp)普通だったらこういう風に演奏したほうがいいんだろうな、と思ったところと逆のことを要求されたりする。もっと汚い音で吹いてくれ、とか。ブェ〜ってやってくれとか。え?いいの?ここでそんなことしてっていうことを要求されて。

西川進(g)普通にやるな、と。本来はここでこういうフレーズ入れるべきところを、ギター弾くな、とか。ここでは弾かないだろうみたいなところで、弾けとか。なんかそういうところはすごい強い人だから。そういうことってなかなかできないんですよね。

堂本剛が求めている音楽。それは、日々進化しているのかもしれない。

《目黒区 西郷山公園》

《西郷山公園の思い出》

西郷山は昔すごい来てましたよ。犬の散歩も来てたし。ここでレッド・ツェッペリンの天国への階段を弾いて、すごい引かれましたけどね。

《夕日が好き…》

《初めてギターを買ったのは…?》

19とか20歳くらいだったと思うんですけど。初めて自分でギターっていうものを買って。ニューヨークで、取材で行ったんですよ。雑誌社の方にお金を借りて、それで買って、日本に帰ってきて、お返しして。あの「Coward」っていう曲は、このギターで作りましたからね。インストとかすごい好きなんですよね。

《もしギターがなかったら…?》

《堂本剛にとってのギター》

もうこれがないと、僕はたぶん自己表現もへたくそで。たぶんそれこそもう今の世界にもういなかったのかな〜とちょっと思ったりしますね、リアルに。どうしても人前がすごい苦手なので。ステージに立つ勇気がなかった時期、こわかった時期があって、でもそんな時に出会ってしまったのがギターと音楽だったんですよね。なんか、言葉には出来ない思いっていうのが音になるっていうか。だからライブでもフラストレーションがすごい溜まってたら、ボリュームが~ってあげて。

[ライブ映像♩a happy love word]

[ギターを弾きながら目黒銀座を歩く剛さん]

そっか、ぼく普通に弾いてたけど、普通おかしいよね。聞こえてきたらおかしいか。

《ENDLICHERI☆ENDLICHERIは今後どうなるの?》

なんでもあり、ですよ。なんでもありー・なんでもありー(笑)

[ライブ映像 ♩これだけの日を跨いで来たのだから]

これから先、堂本剛自らが発信する芸術の全てはENDLICHERI☆ENDLICHERIとなり、日本という大水槽を、乱舞する

《ENDLICHERI☆ENDLICHERI=produced by 堂本剛》